コロナ禍で摂食障害も激増。痩せ姫は時代の翳りとともに戦い続ける非凡な存在である【宝泉薫】
オタク大学生にせよ「姫」にせよ、それこそ「コミュニケーション不全症候群」の最悪の見本みたいな書き方になっている。たとえば、重篤な摂食障害に、ひどい関係妄想を抱え、心身ともに破綻寸前だった「姫」について、その悲劇的状況に同情を示しながらも、
「現実に直面する勇気、というものからだけ逃げて逃げて逃げ延びようとしたあまりにも悲惨な努力」
の結果だとしている。これはちょっと救いがない。おそらく書き手は、人として「あってはいけない」かたちとして、この拒食女子やオタク大学生を呈示したのだろう。ある意味、反面教師的な人物造型であり、そうではない生き方を志向するべきだという啓蒙である。
それをやりたかった気持ちもわからないではないが、筆者の気持ちはまた別だ。奇しくも『仮面舞踏会』が出たのと同じ月に、筆者の単行本『ドキュメント摂食障害』も出版された。その前後から宮沢りえの激痩せが取り沙汰され始めたりもして、痩せ姫への世間の関心が高まりつつあった時期でもある。
ちなみに、2年後には東電OL殺人事件が発生。これも悲劇だったが、痩せ姫が被害者側だったおかげで、世間は同情的な見方をした。また『ドキュメント摂食障害』では91年に起きた母子無理心中事件に言及。これは拒食症の長女(高1)を母親が殺し、長男(中2)を道連れにして心中したというものだ。ここでも痩せ姫は、被害者側だったといえる。
しかし『仮面舞踏会』の「姫」は加害者側として登場する。悲劇的だが、心身ともに醜悪な存在として――。この時期に読んでいたら、もっとモヤモヤしたに違いない。
その「モヤモヤ」は、前出の「悲惨な努力」云々への違和感によるところが大きい。痩せ姫は現実から逃げているだけではなく、逃げながらも必死に戦っていて、そうした生き方自体にも非凡な魅力がある、というのが持論だからだ。
その持論を一冊の本にまとめたのが『痩せ姫 生きづらさの果てに』である。『ドキュメント摂食障害』から20年余りかかったが、哀しくも美しい痩せ姫という生き方を肯定しようとした本だ。その魅力を伝えていくことが、自分にとって大事な命題でもある。
今回の重版は、痩せ姫という生き方が相応の共感を集めてきた成果でもあるだろう。そこに確かな手ごたえを感じつつ、これからも書き続けていきたい。
文:宝泉薫(作家・芸能評論家)
KEYWORDS:
✴︎KKベストセラーズ 待望の重版✴︎
『痩せ姫 生きづらさの果てに』
エフ=宝泉薫 著
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